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院長の後悔日誌

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2005年7月24日(日)
会を終えて

 病児保育研究大会も終わり、ふと後悔日誌のことを思い出したのでキーを打っている。当園の保育士初めての発表も無事完遂、彼女も十分楽しむことができたようだ。途中、意地悪な質問でもあれば助太刀しようと思っていたのだがそれも要らぬ心配、私も急遽セッションの座長を命じられ、どうなることかと思っていたがこちらもことなきを得て、今回はそれぞれに忙しく実りの多い大会だった。
 ただ、今回一点だけ納得いかなかったことが...それはセッションで座長としてのコメントした時のこと、電子保育録の普及にはインタフェースの改善が必要との会場からの意見を受けて、私は「入力にマウスを多用するほどスピードが落ちて効率が悪くなる。コンピュータが人間に歩み寄ることも必要だが、逆に人間がコンピュータに歩み寄ることで効率が上がることもある。入力には極力マウスを使わず、ショートカットキーを多用してキーボードのみで済ますことが出来た方がよい。」と、補足した。マウスは入力機器としては確かに優れたデバイスだが、それは人間が感じる入力のしやすさであって、入力スピードとはまた別の次元のことである。しかしこのコメントは、会場のほとんどの人々(マウス至上主義の看護師、保育士、そして医師も?)に理解されなかったようだ。同行した当園のスタッフが、場の雰囲気を察して、「あれは理解されないと思いますよ。」と、教えてくれた。私はコンピュータについて語る時、日々この話をスタッフにするので、うちのスタッフにはこの内容は耳にタコなのだが、世間一般の看護師や保育士にはまだ理解されないかも知れない(あの場に医療事務がいたならわかってもらえただろう、彼らはレセコンの入力でマウスを多用することの煩わしさを知っている)。
 しかし考えてみると、電子保育録はレセコンや電子カルテと違い一度に入力する人数、情報量が圧倒的に少ない。速く入力できるに越したことはないが、マウスを多用しても他の仕事に支障を来すようなことにはならないだろう。今後、電子保育録については調査研究委員会でも取り組んでいかなければならないが、そのあたりも踏まえていろいろと検討したいと思う。

2005年7月17日(日)
後の医療の行方

ジェネリック医薬品のTVCFを、当たり前のように見かけるようになった。ジェネリック医薬品はメーカーが最初に開発した薬剤(いわゆる先発品)の特許が切れて、他メーカーが低コストで生産する成分の同じ医薬品のことで、厚生労働省も全国の医療施設に採用を推奨している。開発コストが上乗せされないこともあり薬価が低く、結果的に医療費の削減に繋がるからだ。もちろん未だに品質や流通など問題がないわけではないが、ゾロ品(特許が切れたとたんにゾロゾロといろんなメーカーから発売される、の意味)と揶揄された時代と違って、国が推奨するほどにもなったのであるから信頼性は高まっている(のだろう)。
ジェネリック医薬品については、各医療施設にそれぞれのこだわりがある。例えば、絶対にジェネリック医薬品は採用しない(品質優先)施設もあれば、ひとつひとつのジェネリック医薬品を検討し問題点がある場合は先発品を使用し、極力ジェネリック医薬品を採用する(品質・患者負担減・利益折衷)施設もある。また、先発品、ジェネリック医薬品に拘らず、とにかく薬価差益が大きいものを採用する(施設利益優先)施設もあれば、発売されているものに関しては一律ジェネリック医薬品を採用する(患者負担減優先)施設もある。当院はと言えば、品質優先→折衷→患者負担減優先へと変遷しつつある。それが良いのか悪いのかは議論の余地もあろうが、もはや選択の余地は無くなろうとしている。保険診療をしていく限りは保険財源の中での診療が要求されるのであるが、その財源は少子化により減りこそすれ増えることはない。一方で高齢化により医療ニーズが高まる中で被保険者間の公平をきすためには、一人当たりの医療費を抑えていく以外に方法はない。高齢者を多く抱える当院のような内科系クリニックでは、診療費に占める薬剤費比率が高いため、診療単価を抑えるためにジェネリック医薬品の導入は選択枝のひとつと言えるだろう。折りしもこの7月、レセプト単価(患者一人当たりの月間のべ診療費)の高い医療施設に対して県の医務薬務課より指導が入った。名誉?なことに当院にもお声が掛かり、スタッフを連れて話を聞きに行ってきた。入り口で渡された封筒の中身を見て驚いた。なんと紙切れ1枚に書かれていたのは、レセプト単価の県下の順位だった。ちなみに当院は27位!今年は警告で、来年度上位の施設は個別指導が入るとのことだ。より質の高い医療を目指して薬を出したり、検査をしたりすれば、当然レセプト単価は上がる。スタッフは日々点数漏れを無くそうと努力しており、その結果レセプト単価が上がる。それそのものが適正な業務であるし、ましてそれが悪いことであろうはずもない。一体何をどう指導するつもりなのか、その辺を納得のいくように明確化してもらいたいものだ。しかしそうは言っても親方日の丸、憤りを感じつつもレセプト単価の低減に日々頭を悩ませる毎日である。

2005年6月15日(水)
しぶりの気持ち

探してみたら、肝臓の細胞を培養をしていた頃の懐かしい写真があった。細胞を相手に仕事をしていた時は気楽だったかも。

 ここのところ良い気候が続いたせいか、病児預かり数が0という日が続いた。こういう日は、「病児がいないのは、市内のお子さんがみんな元気な証拠なんだから、いいことじゃない?」と負け惜しみを言って、その日一日は比較的ゆっくりと時間も進むものだが、今回はそんな余裕をかましてばかりもいられない。何故かと言うとこの7月、年に一度の全国病児保育研究大会があり、発表することが決まったからだ。決まった、などとまるで受け身な言い方だが、元々その気がなかったのが演題不足とのことで、大会本部から「常任協議員の施設は発表するように」とのお達しがあり、急遽準備が必要になったというわけである。抄録の締切は5月いっぱいだったが、6月10日まで待ってもらってなんとか提出できた。
 しかし考えてみると学会形式の発表は、勝山に戻ってこの5年だか6年だか全く遠ざかっていた。この機会を得てその頃のことを思い出した。それも、初めて肝細胞研究会で発表した時のこと...もう14年前のことだったか、あれはホント悲惨だった。発表原稿を丸暗記したまでは良かったが、発表後、肝臓の世界では雲の上の存在の超有名先生に質問されてすっかり舞い上がってしまい、その後何を答えたのか良く覚えていない。気が付くと一斉砲火後の蜂の巣状態で、上の先生に助け船を出されて、命からがら逃げ帰ったのだった。今となっては笑い話だが、それにしても今回の発表、発表者は私ではなく保育士。彼女にとって素晴らしい思い出となることを祈って、協力したいと思っている。

2005年5月9日(月)
イナスイオンに身を委ねて

弁ヶ滝:滝の規模がわかってもらえるだろうか?落差30mとのことだ。写真の真ん中に長男がいる(白シャツ)。

御堂之瀧:こちらは滝の直前まで遊歩道が整備されている。滝壺は柵のずっと下にあるので、この滝も結構規模が大きい。

 たまの休み、子供を連れて山へドライブに出かけた。勝山周辺には景色の良い走り甲斐のある林道がいくつも在るが、今回出かけたのは法恩寺山の登山口を通る林道(法恩寺山林道)で、四駆などでなくても普通の乗用車で走ることのできる観光道のような林道だ。毎年雪解け時期には土砂崩れなどで不通となる区間もあるが、勝山側には2箇所美しい滝があったり、大野側には一帯を見下ろせる絶景展望ポイントがあったりで飽きさせず、完全舗装化されるずっと以前から通い続けている。次男の「滝を見たい」というリクエストに応えて行ってみたのだが、そのうちの弁ヶ滝は滝壺ギリギリまで近寄ることができた。滝の柱が倒れかかって来るような迫力に圧倒される一方、冷たい水飛沫を浴びマイナスイオンいっぱいの空間に身を委ねると、本当に心が洗われるようだ。思わず滝壺で修行したくなる衝動に駆られつつもその場を後にしたのだった。

2005年5月6日(金)
劇は止まらない...

 また悲惨な事故が起きた。それにしてもJR西日本の旧態然とした労務管理には驚く。儲け優先で安全は後回し、事故再発防止のためのリスクマネジメントはなく、当事者の見せしめの処罰があるのみの職場環境。あんな大きな企業がまさか?という感じだ。航空業界もキナくさい。リスクマネジメントは他の業界よりも先行していたはずなのに、大きな事故こそ起きてはいないが、私的に言わせてもらうならば、もう旅客機の2-3機は落ちたような衝撃はある。こんな状況ではもはや、「犬も歩けば事故に当る」で、恐ろしくておちおち外出もできない。なぜかこういうことは、次々起きていく。
 在宅のお年寄りが、脱線事故の報道を見ながらつぶやいていた。「可哀相に...事故でこんなに大勢の人が簡単に亡くなるのに、どこへも行けぬ不自由な私には、いつになってもお迎えが来ない」と。お年寄りにとっては、生きていく毎日が悲劇の連続なのかもしれない。

2005年4月3日(日)
メージチェンジ!

看護師の制服:わかりにくいが、立て襟の部分が薄いピンクとブルーのチェック模様になっていて個性的なデザイン。

医療事務の制服:ピンクのベストに、スカートはグレーとピンクの2種類、個人的にはピンクのスカートの方が好き(って自分が着るわけじゃないけど)。

 4月に入り久しぶりに全面的に制服の変更を行なった。昨年から洪水や地震など何かと暗い話題の続く中、外来の壁紙の改修と相まって施設全体が一段と明るくなったように感じて、なんとなく殺伐とした気持ちが癒やされるのは思わぬ収穫だった。患者様の反応も概ね良好で、看護師も若く見られると喜んでいる。それにしても毎年、年度末はお金の使い方に頭を悩まされる。制服の変更も4年に一度と決めてはいたものの、予算が組めなければ実行も不可能だ。まあ、それができるということは、本当にありがたいことである。しかし、ここ数年の傾向として、毎月末の診療報酬の概算を見る限り経費とのバランスが微妙なところで、実は大袈裟かもしれないが月末はいつも戦々恐々としているのだ。2月末ともなると、そろそろ年間のお金の流れが見えて来る。窓口収入を加えての収支の誤差は大概プラスに傾き、2ー3月が風邪の流行時期であることも関係して、結果的にいくらかの黒字収支にはなる。ただその幅は本当に読み切れない。今年のように3月に入ってからインフルエンザが爆発的に流行する年は尚更だ。どの程度黒字になるのかが読めた時点で、決算賞与額、設備投資費、修繕費、債務返済額などの割り当てを速やかに決定し、法人税額の見通しを立てる。今年はどうだったか?3月に入ってからの収入の伸びは予想以上で、時間的余裕もなく対策が後手に回り効果的な節税となったかどうかは疑問が残るものの、お金の使い方としてはまずまずの評価は与えられるだろう。4月に入ってから備品の不足に気付いて、いくらか購入する羽目になったことが玉に傷か?課長にはその点で心配をかけてしまった。17年度は一層の計画性を持って、運営に当たりたいと思う。

2005年3月27日(日)
人情報保護?

確かに横からはモニターの表示を見ることは全くできない。

このフィルターが浮いてくると、字がぼやけて見えなくなる。ただし、最近老眼でぼやけていることも否めない。

 個人情報保護法が4月から施行されるとのことで、当院でもいろいろと対応に追われている。院内で法律に関する掲示を行うことは当然のことながら、これまで当たり前にやってきたことが、してはいけないことになってしまったり細心の注意を要することになったりで、何度もスタッフ間で擦り合わせを行なった。しかし正直なところ、不便この上ない。電子カルテのモニターの偏光フィルタだけは、とりあえず勘弁してもらった。医療事務スタッフも、暗黙の了解のうちに使用しなくなってしまったようだ。 部外者が横から画面を覗きこめないように、今回鳴り物入りで大枚はたいて(1枚1万円もするものを一体何枚買った?)導入したはいいが、暗くて自分も見えにくいし、それだけならともかく文字も二重に見えて良いことがない。それよりは、「見えちゃってごめんなさい」と断りの掲示を出した方が、仕事の効率も落ちないし余程ましだ。なんでもかんでも杓子定規にことを運ぶと大損する良い例だ。それにしても面倒な時代になったもんだ。

2004年12月6日(月)
労して遠回りも必要なことか、と思う今日

羽田第1ターミナルはまるで満員電車状態、JALの対応のまずさに罵声が飛び交い、けが人が救急隊により搬出される空港のリニューアルも台無し。

0:00を過ぎた京都駅の北陸線ホームは、まるで映画のマトリックスの世界のような不気味な無機質さが漂う。でも決して嫌いじゃない。

  東京へ医療安全推進者講習に出掛けた。診療情報管理概論の講義の中で電子カルテについての講師のお考えを伺うことができたのだが、どうも釈然としなかった。結局のところ、電子カルテはまだ未完成なものなので、導入の際は慎重に検討し良いものが出てくるまで待った方が良い、ということのようだった。私には、この点について一部反論がある。慎重に検討すべきことは言うまでもないが、良いものが出てくるまで待つ、ということには納得できない。電子カルテの導入に失敗したところの話を聞くと、紙のカルテの頃よりも診察に時間がかかることが最大の原因らしい。講師のお話によると、これからの電子カルテは音声入力の精度が上がるので、そうなると入力速度も上がり診察効率も上がるということだ。それって本当だろうか?
 紙のカルテの頃、なぜ診察に時間がかからなかったのかを考えてみるとわかる。患者の話を聞きながら同時にペンを走らせていたはずだ。それが電子カルテになってからは、患者の話を聞いてから入力し...つまり同時にできた作業を別々に行っているわけだ。これでは時間が倍かかっても無理はない。では音声入力の精度が上がったらどうだろうか?多分状況に変わりはない。どうしてって、患者の話を聞いた後でカルテに話しかけるんだから時間が倍かかることに違いはないのだ。ある患者さんが診察中に、私にこんな風に言われたことがある。「◯◯病院(ある基幹病院)に受診した時は、先生が電子カルテに向きっ放しで人の話聞いてるんだかどうだか判らんかったけど、先生は器用にやるのう」...答は正にここにある。つまり電子カルテを導入する時期とは、機械が進化した時ではなく、使う人間が(機械を使えるように)進化した時なのである。あれ?この話、以前にもしたような...まあいいか。
  ところでこの日誌は新幹線の中で打っている。最終の羽田−小松便が土壇場で欠航になり、どうにかこうにか最終の新大阪行のぞみに間に合ったのだ。これから京都で降りて、途中福井に止まる寝台列車に乗り継ぐ。着くのは2時過ぎか。忌まわしい低気圧め、あーあしんど、またすぐに1週間が始まる...

2004年10月17日(日)
界遺産の危機迫る!

  今年の秋はいつもと違う。鼻の調子がおかしいと思ったら、いやな光景が目に入った。あの忌まわしいセイタカアワダチソウの黄色い花だ。ここしばらくはすっかり忘れていたが、気が付くと町の至る所に群生している。昔岡山に住んでいた頃は、秋になると沿岸や空き地などおおよそ雑草の生えそうな所ならどこにでも現れて、おかげで鼻水は出るは、目は痒いは酷い目にあった。少なくとも今まで勝山でこれ程群生を確認することはなかったのだが、ここ数年の傾向としてススキの群生していた所に置き変わるように黄色い花が目立ち始めている。バイパス沿いや工事現場、資材置場などから拡がっているようにも感じる。セイタカアワダチソウは日本固有種ではなくカナダやアメリカの植物で、根から他の植物の発芽を抑制する物質を出しながらテリトリーを拡げていくらしい。日本海側にはないだろうと思って安心していたのだが、とうとうやってきたわけだ。春のスギの花粉症は仕方ないとして、これからは秋も悩まされることを覚悟しなければならないということか。
  ところで今日世界遺産の白川郷に行って来たのだが、藁葺き屋根に大根畑、すすき野原の典型的日本古来の農村風景が広がる中、目立たない一画にほんの僅かながらセイタカアワダチソウを発見してしまった。これは由々しきことではないだろうか?世界に誇るべき日本の遺産が、外来種の黄色い花で今正に埋めつくされようとしているのだ。恐らくはこのまま行くと3年後には、おぞましくも見事な黄色い絨毯を目の当たりにすることになるだろう。むしりとりたい衝動に後ろ髪を引かれながら、迷子になった(気付くといつの間にか隣にいない!)小3の次男を捜しにその場を後にしたのだった(20分捜索の後、駐車場で泣きそうになっているところを発見)。

2004年10月8日(金)
児デイケア促進事業って、何なんだ!?

 9月の市議会が過ぎ、「病児デイケア促進事業」が市の事業としても正式に制度化され、担当者が契約書類を持って当園を訪れた。しかし内容を聞いて、この事業が現状では必ずしも知事のマニフェストである「一市一施設の設置」 を促進するものでないことが判明した。従来からある「乳幼児健康支援一時預かり事業」の補助を打ち切って受けなければならない「病児デイケア促進事業」は、病児保育の設置を促進するには程遠く、またずさんな登録法により、架空施設の出現、安全管理レベルの低下を招きかねず、これまで病児保育事業に心血を注いできた私たちが到底容認できる制度ではない。知事が来園された時には「施設のための制度」であったものが、いつの間にか「制度のための施設」に置き換えられてしまっている。行政のスタンドプレイと言われても、反論はできないだろう。
 この点について、県と市には断固抗議し「病児デイケア促進事業」の補助を受けない意志を伝えたのであるが、その後の折衝により今回は県市側の事情を考慮し、結果的に補助を受けることに甘んじることとなった。今後は来年度の県議会に向けて、この制度の早急な改定を望むべく各方面に働きかけていくつもりだ。

2004年6月13日(日)
分自身の管理が先か...

 このところ、マスコミや医療外部の団体からの当法人への問いあわせが増えて来ている。ダウンサイズしたクリニックについてのことだったり、訪問診療についてのことだったり、あるいは病児保育についてのことだったり、そんなことが同時にわっとやって来るものだから少々戸惑いながら対応している。医療業界の流れとしては、施設の生き残りのためにそれぞれの特徴をアピールしていくことはもはや今更といった感もあるのだが、外から見るとこれが新鮮に映るようだ。私としては苦労話を披露することがまんざら嫌いでもなく、ついつい調子に乗ってしまいそのうち墓穴を堀りそうで怖い。あまり後先考えていないので、一方で自重しなければならないとは考えている。しかし当法人が世間に注目されることは、経営的には宣伝効果につながり、職員のモチベーションを高めることにもつながる意味で悪いことではないと思うが(もちろん良い内容で注目されなければ意味がない)。
 今日は福井県保育研究大会の0歳児保育の分科会に助言者として呼ばれて出掛けた。助言と言っても私は集団保育の世界では全くの門外漢であり、そんな私がその道のプロに一体何を助言すれば良いのかという感じだ。ただ、集団保育においても0歳児ではもはや担当制が当たり前となりつつある、という事実に驚くとともに、現状でも常時担当制とも言える病児保育には、いっそう厳しい管理が求められるだろうということに、身が引き締められる思いがした。助言というにはおこがましいが、リスク管理の必要性についてだけは主張させていただいた次第だ。
 しかし悔まれるのは消毒液の説明の際、ハイターとミルトンの成分が同じだと言うべきところ、クレゾールとミルトンが同じと言ってしまったこと(大変な間違い!)。後で青くなって会場にまだおられた司会者の先生に訂正をお願いし会場に放送していただいたのだが、本当にあれは大失敗、クレゾールで哺乳瓶の消毒などされては大変なことになる。この場を借りて改めて訂正とお詫びをさせていただきたい(と言ってもどれだけの方が見ているかだが)。
 今月末には別の機会で保育士さん達に感染対策のレクチャーをしなければならないと言うのに、全く先が思いやられる...

2004年5月2日(日)
ームセンターの広さといったら...

 休みの日だからと言って、何も大人しく横になっていることもないだろうと外出してみる。今、私は一日の大部分を車イスと松葉杖に依存した生活を送っている。しかし怪我もいつかは治り、この生活も一時のことだ。今しか味わえない感動もあるかもしれない。目の前に広がる新しい世界に飛び込んでいかなければ。今日は、福井市内へ買い物に出掛けた。足が不自由だと、今まで当たり前だった生活が全て新鮮で不安な世界へと変わってしまう。例えば、ホームセンター...全く、なんて広いんだろう。足が不自由だと、こんなにも気が遠くなるほど目的地のコーナーが遥か彼方にある...
 しかし、しかしである。COPAのユーホームには感激ものだ。ここにはホームセンターで唯一、客用に車イスの設置がある。なんて楽ちんで、ありがたいことだ。世の中バリアフリーが叫ばれてはいるけれど、本当に利用者の立場で考えている所が果たしてどれだけあるのか...そんなことを考えるのも、こんな怪我をしたからこそだ。良い機会に恵まれて、いろいろと勉強させてもらっている。神様に感謝しなければ。

2004年4月4日(日)
っちゃったよ、ったく。

 足の骨を折ってしまった。3月最後の日曜日、天気も良い単車日和で朝から近くのスキー場まで走りに出かけた時のこと、駐車場で体ほぐしも兼ねてアクセルターンやパニックブレーキ、ウィリーなど練習を続けていた。時間も30分も過ぎようとした頃、そろそろ疲れたのでやめる前にもう一発決めてからとウィリーしたら、あろうことか、そのまんま、まくれて真後ろにひっくりかえってしまった。なんとか立て直そうととっさに単車にしがみついたのが状況を悪くした。一瞬のことだが車重と体重の全てを左足で支えてしまい同時に激痛が...片足で起き上がり単車を引起こす。体のことよりもまずは単車のことを気遣う。よほどの衝撃だったのか、リアフェンダーはもげシフトペダルがクランクケースに食いこみ、左ステップがフレームの溶接部から曲がってしまっている。オイルは漏れているがクランクケースが割れている様子はなく、どうもキャッチタンクからのようだ。エンジンもかかる。食いこんだペダルを引っぱり出し、皮一枚でつながっているフェンダーを引ちぎって懷に突っ込み何とか股って帰路についた。痛みと腫れは今まで経験したものと異なり、骨折の二文字が頭をよぎる。救急にかけこみ写真を撮り見せてもらう...やっぱり、あ〜あ。後悔先に立たず。
 後日整形外科で改めて舟状骨骨折、きつ状骨骨折の診断を受けギプス固定となった。足が不自由になったからと言って、仕事を休むわけにはいかない。パンパンに腫れ上がった足を松葉杖でかばいながら、訪問診療にも出掛ける。左足でまだ良かった。オートマなら運転できる。帰り際、「お大事に」と言われてしまう物悲しさ...当分は後悔と苦笑いの日々が続くことになりそうだ。




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